ほめ方叱り方で変わるのは子どもだけじゃない!

とにかくたくさんのことをやりたいと思って生きてきた私。

自分の夢も、親の介護も、姉家族を支援することも、友達に会うことも、娘と遊ぶことも、もちろん仕事も。前職でITシステム営業をしていた時も、徹夜も業務のうちだった。(私の気持ちの中では)

そんな十数年を過ごし、、、

昨年末に激しく体調崩し、
1月には予定していたネット回線工事も終わらず(2ヶ月以上、インターネット使えない)、

これまでのような「詰め込んで、忙しい」生活を送らなくなった。

年齢含め、体力以上のことを気力でやってはいけないとほとほと身に染みた年越しでした。

*
そんな私の救いになったのが、島村華子先生によるほめ方叱り方講座。

気づけば、ほめ方叱り方を通して自分の中にぐっと太い軸ができていた。
2歳半からの娘の癇癪に悩みアドラーパセージを学び、
モンテ的接し方を心掛け、
それでも彼女に疲弊していた日々。

ほめ方叱り方に出会ったのはそのずっとあと。

娘のひどい癇癪の時期は過ぎていたけれど
泣き始めると止まらない大変さは健在だった。(4歳)

でも、ほめ方叱り方を学ぶと変わったのは娘だけではなかった。
毎日実践していると、
だんだんと娘を偏見なく見られるようになり
そのまま受け止められるようになった。


↑華子先生の、受講生への接し方を見るだけでも自分のマインドが変わった講座。

それでも、忙しくて疲れている夜にかぎって、「パジャマがうまく着られない!」(うそでしょ〜毎日着てるでしょ~!涙)、「歯磨きはお母さんがして!」(いつも、自分でできるから仕上げもいらないよ♪って言ってるのに?!涙)、「抱っこで階段上って!」(18キロの娘。苦業〜)ってなる娘。

だけど、その発言の背景って何だろう、と自然に考えられるようになったのはほめ方叱り方のおかげ。

背景に思いを馳せるとイライラが消える。目の前の娘の行動は何かしらの背景からきている。そして、そこにどう対応するか?怒ってもなだめても意味なし。『寄り添うのみ。』

そんなふうに毎日、講座で学んだことを実践することが習慣化し、ふと気づいた。今のわたしは「まずは自分が疲れないようにしよう。日中の物量も人との接し方もできる範囲でやろう。自分をコントロールして自分のキゲンをとろう」としている。心身ともに元気でいることによってどんな娘であっても受け止めたいと思っているのだ。それもごく自然に。娘を何とかしたいと思っていた自分が、今は自分を何とかしようとしている。

すると、これまで焦っていた仕事、ひとつでも多くこなしたかったイベントがなくなっていくことに気づいた。そう、無意識に、できないと判断したことを手放しているのだ。

そこでさらに。

大人においても、発言の背景に思いを馳せて相手を理解しようとしていたのに、今は思いを馳せなくても相手のことを丸っぽ受け入れられるようになり、、、ここ数日は言葉を額面通り受け取ったとしても、発言の背景に関わらず、相手を受け入れられるようになった。なぜだろう。考えてみた。

わざわざ発言の背景を考えなくても、人には何かしらの欲求・思いがある(それだけで発言の背景としては十分)と思えるようになったからではないだろうか。

(後編に続く)