習い事の先生宅で大の字になる娘

子どもにとっての賞罰のお話。

娘は個人の先生からバイオリンを習っているのですが、毎回、先生ご自宅の玄関につくと「恥ずかしい~」と言って私のスカートに隠れます。

諭しても励ましてもダメなので、本人をその気にさせるしかないのですが、、、

とうとう先日、「恥ずかしくてイヤ!」と怒り、玄関で大の字に寝転び動かなくなりました。

入園前までは割と元気でいってたのに。

この日、朝から様子がおかしかったので先生には事前に相談してました。

娘には玄関で、レッスンを受けないという意志を確認してから「休むなら、先生の顔を見て“休みます”と言って、休むよ。やりたくないからって、簡単にお母さんが“休ませます”とは言わないよ」と言いました。当然娘から「休みます」と言うことなどなく・・・

先生は娘の様子を見て、次回から来づらくならないように寄り添い 小さな文房具をひとつくださいました。(怒ってないよ、また来てね、というメッセージ?)

そして迎えた昨日。

諭さず、怒らず、「先日、受けなかった分の振り替えレッスンだよ」とだけ言い、先生宅へ。

いつもより落ち着いて、覚悟した様子で先生のお宅へ入り、レッスンスタート。

私は隣の部屋で声しか聞こえないのですが、最初の挨拶で「宜しくお願いします」(おじぎ)、かまえ、「有難うございました」(おじぎ)←毎日、家では練習しているので目に浮かぶ。を、やりきりました。

そして夜。日課の“今日の嬉しかったこと、楽しかったこと”発表。

「今日は、宜しくお願いしますと、有難うございましたを言えたのが嬉しかった」と。なので、「お母さんにも聞こえてたよ」とそっと承認しました。

私からの「えらいね!すごいね!」という言葉を、娘は待っていません。他人からの賞よりも、自分ができたという事実。それが何よりも賞であり小さな階段をひとつ上るという勇気にも繋がります。

私は、娘とともに喜びやったね!と言うのと、誉めるというのは別物だと思っています。

誉める言葉を使う時には、何かしらをジャッジして評価を下しているのだと思います。

子どもには、自らの達成感への喜びを感じ、その達成感を積み重ねて自信を持ち、自分が自分の最大の応援者になってほしいと願っています。