【モンテッソーリの子育て】子どもが発してくれた危険信号

教育法としてのモンテッソーリを取り入れながら、母親として子どもにどのような気持ちで、そして実際どのような態度で接するかを日々試しています。

子どもが「自分は能力があり、人々は私の仲間だ」と思うような【勇気づけ】をしたいと思い、試行錯誤の連続。

最近、私が変わらないとまずいな、と思うことが多々。

それをちょっと紹介しますね。

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とてもとても意思のかたい娘が、いよいよ、意志を通すために理由づけをするようになってきた!ただ、要求を通したくて泣くことでコミュニケーションを図ろうとしていた頃が懐かしい!

(私の話し方にそっくりでイヤになる・・・)

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・今はできないの。何でかっていうと、これをやってるから。これを終わらせたらね。▶「ご飯たべよっかー」の時の返事。

・だめって言ってるんじゃないの。もちろん良いんだけど、順番があるからね。今じゃないの。▶ぽぽちゃんに向かって話していた…

あぁ、

娘の言葉、すべてに私の話し方・接し方が・・・!!

どれもこれも「制止する言葉」ばかり。そして、娘の要求にこたえられないくらいに私が何を忙しくしているかって?お、思い出せない・・・

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意思が強くなってぶつかってくる時こそ、家族で会話し考えるチャンス。なぜなら、そのうち子どもが勝手にやって終わらせてしまう時がくるから。

なのに、意志が強くなること(つまり成長していっている)に比例して、受け入れられず強めの語尾で話してしまっていることに反省。

娘を変えるために、納得させるために、強めの言葉を使っても意味がない。強めの言葉は即効性はあるけれども、子どもはそこから何をどうしていくかは学べないからです。(わかってるのになぁ・・)

いったん、そのままを受け入れてみよう。

まずは3連休。救いの旦那さんがいるから、私の接し方について第三者から、そして忌憚なきフィードバックをもらえるのは、そう。旦那しかいない!

きびしいだろうなぁ、きっと。