【モンテッソーリの子育て】勇気づけ子育て~私の発言、これって賞?罰?

知らず知らずのうちに、子どもに賞や罰を与えていませんか?

思わず下心が見え隠れする発言・・それって罰かも、、賞かも、、知れません。

一度チェックしてみてくださいね。

◆子どもが全然片付けをしない

「片付けないとおやつ無しだよ!」と言ったら渋々片付けを始めた。「えらいえらい!!」と言った。

これ、罰と賞が入り交じってます。

【罰】「おやつなしだよ!」

これは「片付ける」ということに関係ないですよね。罰に当たります。

【賞】「えらいえらい!!

これは賞に当たります。なぜなら本来、やって当たり前の片付けをやっただけ。「片付いたね」と事実の共有ができれば子どもは「見ていてくれたんだ」と思い、親のことを信頼するようになります。

「えらいえらい!」まで付け加えると、実は親の心の中に【次もやってよ~。誉めたんだから~】なんていう下心があるかも知れません。

そうなると「えらい!」を言われない時、子どもは「片付けしたのに、何故、えらいと言ってくれないの?」と思うようになってしまいます。

◆他の子どもとの比較◆

「ねぇ、あの子はできてるよ。何故あなたはできないのかなぁ?」

これは罰です。

【罰】他人と比較するのはNGです。他の子ができているのと、我が子ができないのは関係ないからです。

それなら、「昨日よりも今日はできるようになったね」と成長をみてあげましょう。

また、座っててほしい場面でたち歩いているとき「他の子は座っているのに、何故あなたは・・」とは言いません。

「ここは座って話を聞く場所だよ」と説明をします。

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ほかにもたくさん事例はあります。

ポイントは、

✔目の前にある事実に対峙する(イライラしても感情的にならない。どうしても抑えられないときはその場を離れる、小さな子どもにとっては親が離れるだけでも罰になってしまうので体はその場所に、気持ちだけをイライラのない世界に持って行く)

✔親の気持ちのコントロールに子どもを使わない

(例え、気持ちの乱れの原因が子どもにあったとしても、その行動をやめさせることと、親の気持ちを落ち着けるのは別問題です)⬅これが、アドラーの勇気づけ子育ての難しいところ!

✔子どもと親は別人格

✔誉めたいときは、事実に対して感謝を伝える。(「ありがとうね😊」と。次回も、自分(親)の意に沿うことを望んで「よくできたね~(心の中・・次回もやってよね・・)」とは言わないこと)

誉めることで自信を持つと思いがちですが、そんなときはサラリと。「努力したね、見てたよ」など。

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子育ての目標は、

「子どもが自分を信じ(私は能力がある)、社会(家族)は仲間だな」と思えること。

そんな子どもは、臆することなく自分の生きている社会で力を発揮しようと進んでいきます!

そんな自立した子どもって頼もしいですよね。